いいがやクリニック - 目黒区緑が丘、泌尿器科・内科・外科・皮膚科

前立腺の病気について

前立腺と年齢

本来、前立腺は生殖活動が盛んな若者では大きく、加齢とともに萎縮してくるのが一般的です。しかし、これと逆に前立腺が大きくなってきた場合、前立腺肥大症や前立腺癌などの病気が疑われます

50歳台では、100人中20人に前立腺肥大症があるといわれています。加齢とともに前立腺肥大症の比率は増加し、80歳台では100人中70人に見られるといいます。もちろん、そこには治療しなくても大丈夫な軽いものまで含まれています。

ただし、一見ただの前立腺肥大症のように思えても、前立腺癌を合併している場合があります。ぜひ、PSA(前立腺特異抗原)を採血して、前立腺癌を合併していないか確かめておきましょう。われわれ泌尿器科の専門医が前立腺を触診しても、早期癌はなかなか発見できないのです。

それでは、前立腺の病気について、また前立腺癌と PSA について、もう少し詳しくご説明しましょう。

慢性前立腺炎について

下腹や足の付け根に違和感がある、なんだか腰が痛い

前立腺炎は、症状によってカテゴリー1~4に分かれます。その中でもカテゴリー2~4が慢性前立腺炎とされています。慢性前立腺炎にかかると、下腹部の違和感、ソケイ部(足の付け根と下腹部の境目)の違和感、鈍い腰痛、また、頻尿や尿道の違和感など様々な症状を呈します。

カテゴリー2および3では、触診した際に硬い部分(硬結)や圧迫による痛み(圧痛)がみられます。前立腺マッサージを行うことで硬結が取れ、前立腺も縮小します。カテゴリー2は、その中で前立腺マッサージ後初めての尿に膿尿が認められたものをいいます。

一方カテゴリー4は、触診でも異常が認められません。前立腺には原因となる所見がまったくないのに、患者さんは絶えず前立腺が気になってしまう、という疾患なのです。カテゴリー3、4は特に治りにくく、完治までに3~6ヶ月を要します。

慢性前立腺炎は、一般的に骨盤内うったい症候群とも呼ばれ、骨盤の中での血液循環が滞ることで起こります。 ですから、生活習慣で治していくのが賢明です。 具体的には長時間座り続けないこと、身体を冷やさないこと、自転車やバイクで前立腺を刺激しないこと、深酒は控えること、これに尽きます。

補助療法として、カテゴリー2の慢性前立腺炎では、抗生剤を処方します。またカテゴリー3の前立腺炎でも、むくみをとるセルニルトンを処方しますが、いずれにせよ、生活習慣の改善が一番。そして十分な入浴を行えば、少しは楽になる筈です。

カテゴリー4の前立腺は、前立腺症とも呼ばれ、やや精神的な部分が入り込んでいます。

この様な時にPSAをチェックすると、前立腺癌の有無とは関係なく値が上昇しているということがよくあります。ですから、先に述べたような症状がある場合、PSA のチェックはしないでください。PSAはあくまで検診ですので、無症状の時にチェックしましょう。

ちなみに、前立腺炎のカテゴリー1は急性細菌性前立腺炎に当たり、高熱、排尿障害、排尿時痛に加えて検査では膿尿がみられます。こちらの治療には生活習慣改善だけでなく、1~2週間の抗生剤の投与が必要です。高熱、排尿障害が消失した後、カテゴリー2の前立腺炎に移行することもあります。

前立腺肥大症について

健康診断で "前立腺肥大症" と言われたけれど・・・

人間ドックなどで超音波検査・CT検査を受けて「自覚症状はないけれど、前立腺肥大症と指摘されたので・・・」という方がよく来院されます。

いくら前立腺が腫大していても、自覚症状がない場合それは前立腺肥大症とは言いません。それに前立腺の大きさも、炎症を合併しているかどうかで変わってしまいます。

その自覚症状を科学的にとらえた指標が、IPSS(国際前立腺症状スコア)です。数問の問診を行い、その答えを点数化することで頻尿、尿の勢い、残尿感、夜間頻尿などの度合いを見ます。この結果によって自覚症状がないと診断されれば、前立腺肥大症とは定義されません。

また逆に、前立腺は小さいけれど自覚症状が全面に出てくることがあります。この場合は、本当に前立腺肥大症なのか見極めなければなりません。似たような症状を示す、慢性前立腺炎の可能性もあるのです。診断を行うには、経直腸エコーを使って、前立腺が膀胱へどの程度突出しているかを診る必要があります。このタイプの前立腺肥大症は薬物療法が効きづらいので、手術による治療が効果的です。

TUR-P(経尿道的前立腺切除術)は、前立腺肥大症に対してもっとも多く施行されている手術です。大病院、大学病院でもよく行われています。確かな技術をもった専門家が手術をすれば、出血も少なく、時間も早く終了できます。

一方、温熱療法、高温度療法、高周波療法、エタノール注入療法などは、出血もなく、合併症もなく安全ですが、治療の効果は、明らかに TUR-P には劣ります。一時期、大学病院でもこれらの治療が治験として行われていましたが、成績の出た現在では、ほとんど行われていません。

もっとも現在では、前立腺肥大症に対して、優れた治療薬が発売されています。慌てて手術をする必要はなくなりました。実際に十数年前と比較しても手術をする方は減っており、ほとんどの施設では全症例の1割程度となっています。

前立腺癌について ~ PSAとは?

前立腺癌を早期発見できる方法がある?

PSA(前立腺特異抗原)とは、前立腺細胞に含まれている蛋白分解酵素で、その血液中に含まれる値によって前立腺癌の進行度を計る、いわゆる腫瘍マーカーの1つでもあります。

一般に、血液中に含まれるPSAは4.0ng/mlが基準値とされていますが、年齢と共にこの基準値は変化します。そして前立腺が大きくなるほどPSAも多く含まれていますので、前立腺癌や前立腺肥大症であれば血液中のPSA値は高くなります。私の過去の経験では、100ng/mlを超えるものもありました。

また前立腺炎の場合も、前立腺の毛細動脈が塞がることで炎症が起きていますので、必然的にPSAの値は上昇します。

PSAの多くはプロテアーゼ(主にアンチーキモトリプシン)と呼ばれる酵素と結合しているので、そうでないものを特に 遊離PSA(Free PSA)と呼んでいます。"PSA全体(Total PSA)の量に対して、遊離PSAがどのくらいの割合を占めるか" という比率(F/T比、F/T ratio)も、前立腺癌などを診断するための基準になります。具体的には、遊離PSAがPSA全体の15%以下であれば前立腺癌、20%以上であれば、前立腺肥大症など身体に影響の少ない良性疾患とされています。

旧来、前立腺癌は触診にて検出していましたが、このPSAが出現したことで、血液検査によって早期前立腺癌を発見することができるようになりました。また発見される前立腺癌のうち、進行癌の比率は20年前の半数まで減っています。

50歳以上、75歳以下の男性には、一度検査することを強くお勧めします

ただし、前立腺癌の進行度はPSAだけで決まるものではなく、あくまで悪性度(Gleason's score)との組み合わせで決定されます。この悪性度を知る方法は、現在のところ、細胞組織を採取して検査する"生検"しかありません。

確かに、1gあたりのPSAの量や、PSAの経時的変化、F/T比などを調べることで、無用の生検を省くことはできるかも知れません。しかし PSAの値が10ng/ml以下と比較的低い場合でも、悪性度が高いと、すでに癌が前立腺に限局されていない(他の器官へ広がったり、転移したりしている)ため、手術できない可能性さえあるのです。

当院では、年齢も考慮したうえで、PSA が 4~10ng/ml の場合でも積極的に生検を実施しています。局所麻酔で前立腺の両側背面下部にある神経をブロックし、経直腸的に超音波を見ながら、10~12箇所の検査を行います。

前立腺癌検診と PSA

2007年9月、厚生労働省がん研究助成金による「がん検診の適切な方法とその評価法の確立に関する研究」班から「前立腺がんの対策型検診は推奨しない」という指針(案)が出されました。(これはつまり"PSA検診を推奨しない"ということでもあります)

また同時期、新聞紙上にPSA検診は前立腺癌の検診に役立たないという内容の記事が載りました。主に、アメリカの雑誌からの引用を根拠としたものです。

これらの内容は、私が所属している日本泌尿器科学会の見解とはまるで異なるものでした・・・。

そもそも検診の意義は、生存率を向上させられるか否かにかかっています。アメリカでは既に前立腺癌検診と関係なくPSA検診が浸透しており、75%以上の方はなんらかの機会にPSA検診を受けているのです。このような状態で前立腺癌検診にPSAを取り入れても、確かに"前立腺癌検診による"生存率の向上はそれほど望めないでしょう。一方、日本でPSA検診を受けている方は 未だ30%弱に過ぎないのです。

PSA検診によって生存率に差異が生じるか否か。日本でこの結論を出すには、PSA検診を実施する地域と実施しない地域、両方における前立腺癌患者の生存率を10~20年見ていかなければなりません。

しかし、前立腺癌を早期発見するための手段として、PSAはすでにその地位を確立しています。PSA検診の実施について、今さら10年以上も待たされるというのは、臨床医として許しがたく、また人道的にもとても許されるものではありません。

現在、日本泌尿器科学会及び米国泌尿器科学会は、この問題を解決するべく共同で大規模臨床実験を行っています。

ちなみに、冒頭の研究班による前回の班研究では、泌尿器科医が参加者の過半数を占めていたにもかかわらず、今回は、公衆衛生の先生方が過半数を占めていました。こうした立場の違いが医療費の抑制とあいまって、上記のような情報が新聞社にリークされたものと思われます。

前々回の班研究では、天皇陛下が前立腺癌の手術をされ注目を浴びた時期だというのもあって、まったく問題はなかったのですが・・・。

詳しくはこちらもご覧ください。

日本泌尿器科学会『厚生労働省がん研究助成金による「がん検診の適切な方法とその評価法の確立に関する研究」班(濱島班)の「前立腺がん検診ガイドライン・ドラフト」に対する泌尿器科学会の見解と対応』

http://www.urol.or.jp/shimin/info.html

前立腺癌の治療について

前立腺癌の治療方針を決定するのが、年齢、PSA、悪性度(Gleason's Score)の3要素です。

一般に手術が適応される前立腺癌とは、手術によって10年以上の予後が期待されるものに限られます。そしてそれは、癌が前立腺から他の器官へ広がったり(浸潤)、転移したりしていない場合ということになります。

男性の平均寿命が85歳といわれる現在、年齢的には 75歳が手術を行える限界と考えられています。またそれは、放射線療法についても同様です。

手術に並ぶ根治的治療である放射線療法も、格段の進歩を遂げています。現在は、前立腺と近接する直腸に被曝して直腸炎にならないよう、放射線を照射する度にCTをとり、前立腺の正確な位置を確認しながら次の照射を行う強度変調外照射(IMRT plus Tomotherapy)療法が注目されています。ただし、2007年現在日本でも数台しか導入されておらず、まだまだこれからの分野です。

最近、放射線治療の中でも小線源治療といって、癌の内部に小さな放射性物質を入れ、内部から照射する治療法が話題になっています。この治療法は比較的身体へのダメージが少ないものの、極めて悪性度の高い癌や、前立腺以外へ浸潤、転移しているものに対しては効かないのです。具体的には、PSA10ng/ml以下、Gleason's Score 6以下でなければ適応されません。

上記以外の前立腺癌に対しては、MAB(Maximum Androgen Blockade)と呼ばれる、ホルモン注射や内服薬を用いた治療法を行います。

悪性度の低い前立腺癌はよいのですが、MABはいずれ効かなくなってきます。また悪性度が高かったり、進行癌である場合、5年生存率は25%と言われています。

これから期待できる新規の薬としては、Taxan系の抗癌剤が常識外の効き目を見せています。2007年現在、まだ各種保険の対象外となっていますが、混合診療が認められるようになりつつありますので、今後大いに脚光を浴びるものと思われます。

目黒区平成18年度の前立腺癌検診のまとめ

目黒区では、65歳の区民を対象にPSA検診を施行しています。平成18年度の受診者は330人で、そのうち要精密検査と診断された方が28人いらっしゃいました。これは、受診者全体の8.5%にあたります。

このうちの18人が精密検査である2次検診を受け、さらに7人が細胞組織を採取して検査する「生検」を受けたところ、3人に癌が見つかりました。

受診者全体の0.91%、110人中1人には 前立腺癌があったということになります。

癌の発見率、および2次検診受診率とも全国平均と大差はありません。しかし今回要精密検査と診断されたうちの4割近い方が、2次検診を受けていないのです。

これは前立腺癌だけではなく、癌検診を受ける方みなさんへのお願いです。

せっかく1次検診を受けられたのですから、2次検診や生検を勧められたら必ず受診してください。癌の発見が早ければ早いほど良いのは言うまでもありませんが、逆にその心配がないのを確認するのも本当に大切なことなのです。